胡新宇という男

引用先
ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo 119号 2009.3.1

02┃□ワールドワイドNOW ≪北京発≫
┃ ┃■極私的ドキュメンタリー
┃ ┃■前田 佳孝
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

昨年の10月に胡新宇(フー・シンユィ)が僕の家に泊まりに来た。胡新宇は北京大学の新聞学部で行われるドキュメンタリー映画の講座に講師として招かれていて、僕はその撮影を手伝ってくれと頼まれた。もちろん友人である胡新宇の頼みなのですぐに引き受けたが、ただ講義の内容を撮影するだけにとどまらない事など先刻承知済みである。講義の内容は「アンダーグランド精神」ということで、マルキド・サド、ロラン・バルト、ニューヨークのアンダーグランド映画作家の映像を引き合いにだし、何故創作活動を続けるのかというテーマで胡新宇自らの経験と折り重ねての非常に興味深い内容であった。講義の中盤、「本題から外れるが」と前置きをして語った彼のエピソードがとても印象に残っている。普段は山西師範大学で教師の仕事をしている胡新宇だが、教壇立つときはおならをしたくても我慢をするのだという。ある日、授業中にどうしてもおならを我慢できなくなった胡新宇は少し用事があるのでと言い、席を外しトイレに行ってからおならをしたのだ。新聞学部のクラスの9割ほどは女の子だったのだが、このエピソードには教室が爆笑に包まれた。胡新宇曰く、自分が教えている大学では生徒の前でこのようなことは決して話せないが、ドキュメンタリー映画という個人的な行為に於いては何でも構わずに記録することができる。世間体や周りの意見を気にせずに、自分の好きなものを記録していくということで、普段は体裁を気にする一大学教授でも、DVを持てば一人の創作者になることができる。なぜサドが監獄に入ってから創作活動を始めるようになったのか?
それは世間から開放されて始めて知る自分の欲望に誠実になることができたからとの言葉には胸を突かれた。

講義は終始笑い声に包まれ、参考映像として流された胡新宇の作品『男人』を織り交ぜて胡新宇の経験談が語られていく。最後は講義前夜に僕と胡新宇の二人でも討論をしたジャ・ジャンクー問題を俎上に上げ締めくくることになった。なぜ今のジャ・ジャンクーの作品は面白くないのか?ズバリ言えばジャ・ジャンクーは「アンダーグランド精神」を忘れてしまったのではないかという問題提起である。

講義を終え、僕の家に戻ってからも胡新宇はなんだか物足りない感じで、DVを持って僕のことを撮り始める。僕は自由にやってくれとはおもっていたものの、だんだんと鬱陶しくなってくる。ネットを見ているとき、ゲームをしているとき、テレビを見ているときから、風呂に入るときまで何でもかんでも絶えず回しているのだ…。
さすがに気になるので、そんなもの撮ってどうするんだと聞くと、撮りたいから撮っていただけと返事が返ってくる。それじゃあ、あまりにも訳が分からないので、この素材はどんな作品に使うのかと聞くと、今撮っているものはまとまりがなくて、自分でもどう編集したらいいか分からないとのこと。だったら無駄に撮らずに少し休めばいいじゃないかと言うと、そうじゃないと答えが返ってくる。彼がふと語った「どんな映像でも20年後に振り返ってみれば感じるものがあるかもしれないだろ?」との言葉には非常に感動した。僕自身の事で言えば、ずっと撮り続けていた中
国のドキュメンタリー作家たちもただただ目の前の人物、出来事に心動かされ、気づいた時にはDVを持って撮っていたのである。なんだ同じことじゃないか。

その後、家にいるのも退屈だから外に出て酒でも飲みにいこうとの言葉に誘われて出たのだが、結果、まんまと胡新宇に乗せられてしまった。あまりよく覚えていないのだが、腹の立つ大学の先生を一通り罵ってみたり、寂しいから彼女が欲しいなどとぼやいていたような気がする。ほかあまり文面ではいえないようなことも言ってしまったような…。胡新宇にはその一部始終撮られてしまったのだ。
あんな失態を撮られてしまったとはいえ、胡新宇の初恋の物語など聞けたのでよしとしよう。



■前田 佳孝(まえだ・よしたか)
1984年生まれ。高校卒業後映画美学校入学。王兵の『鉄西区』に影響されて中国へ留学を決意。二年間の語学勉強の後、北京電影学院に入学、監督科に在学中。
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by f_cinemaclub | 2012-02-05 22:14 | 映画


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